喪に服す、といいますと配偶者や親といった親族がなくなってから、
一定の期間、公的な交際を避けること、といわれています。
大切な人がなくなったことを悲しむ気持ちを、お祝いの席や、
あらたまった行事などに、一定の期間、出席しないことで
表すことをいうわけです。
この行為は洋の東西を問わず行われていて、
いわば人間社会に共通した感情の現れといってよいでしょう。
この一定の期間が喪中といわれているもので、日本では、通常、一年間とされています。
なお、喪中と同じように使われている忌中という言葉があります。
どちらも親族がなくなった悲しみを表す期間のことをいうのですが、由来は違っています。
喪中は儒教、忌中は神道からきており、一般的に喪中は1年間、
忌中は50日間とされているのです。
なお、49日という期間がよくいわれますが、これは仏教からきているものです。
また、忌引きという言葉は、神道に由来しています。
喪に服すといっても、色々な考え方が混じり合っていて、ごちゃごちゃした感じを受けますね。
厳密にいえば、儒教、神道、仏教と、それぞれの立場によって
悲しみの表し方が違っていてしかるべきものを、
私たち日本人は同じものとして違和感なく受け入れ、
生活の中で使っていることが多いのです。
歴史的に日本は神仏習合の国であるとともに、儒教に代表される海外からの
様々な考え方を積極的に取り入れる形で社会が形成されてきていますから、
このようなことがあってもおかしくはないのでしょう。
そのなかで、喪中とされている1年間にやっていいことと悪いことがあるわけです。
よくいわれるのが年賀状を出してはいけない、というものですが、
このほかにもいくつか喪中にやってはいけないことが決められており、
なかには日常の感覚からすると少し疑問に思えるものもあります。
ここでは、喪中にやってはいけないことと、もし、やってしまった場合には
どうすればよいのか、についてご説明いたします。
喪中にやってはいけないことってどういうことがあるの?
喪中はなくなった方をいたみ、悲しみの気持ちを表す期間ですから、
基本的にお祝いの席に連なることは遠慮するべきでしょう。
結婚式
たとえば、結婚式が代表的な例としてよくあげられます。
もっとも、自身が新郎や新婦であるなどの当事者であって、
式の日取りも決まっている場合には、一概に中止することができないこともあります。
そのような時には、双方で話し合ったうえで、挙行してもかまわないようです。
初詣などの正月行事
お祝いの席は避けるという意味では、初詣に代表される正月の行事は行わず、
家で静かに過ごすべきとされています。
ただし、初詣については、神社であれば行ってもよいという話もあります。
神道では、親族がなくなってからの忌中と呼ばれる50日間は
神社にお参りしてはいけないのですが、それを過ぎれば問題ないとされているからです。
忌中を過ぎたあとに正月がくるのであれば大丈夫、というのですね。
悩ましいところですが、この点については、個人の判断に委ねられているということでしょうか。
門松のような正月飾りは飾るべきではありません。
また、年賀状は出さず、喪中であることを通知するための喪中ハガキを出します。
子どもにとって重要なお年玉はどうでしょうか。
これにはそのままでも問題なし、という考えと、名称を変えてあげるべきだ、
とのふたつの考え方があります。
どちらにしても、お年玉については神経質に考えることはない、というのが一般的です。
クリスマス
クリスマスを祝うことについては、もともと、キリスト教には
喪中という考え方がありませんので、何ら問題はありません。
しかし、クリスマスパーティーで大騒ぎをするというのは、控えるべきでしょう。
また、個人的な意見ですが、ハロウィーンやイースターなど、
近年、盛んに行われるようになってきた行事についても
クリスマスと同様に考えてよいのではないか、と思います。
お中元、お歳暮
お中元、お歳暮を贈ることは問題ありません。
ただし、紅白の水引は慶事に使うものですから、つけないようにしましょう。
また、一般的に49日のうちに贈るのは失礼にあたるとされていますので、
その期間は避けるべきです。
旅行
旅行については、控えるべき、という考え方が一般的です。
しかし、悲しみをまぎらせるためにあえて旅行に行くということもありますから、
一概に否定的に考えるべきではないでしょう。
喪中にやってはいけないことなのに、もしやってしまった場合はどうすればいい?
喪中にやってはいけないことをしてしまった場合、
そのことをなかったことにするといった方法はないようです。
私たちが生活していくなかで、ついうっかりして、すべきではないことをしてしまう、
ということは往々にして起こりえます。
喪中における禁忌についても、正月行事や結婚式などの特別な儀礼、
儀式といったものは別ですが、その他のことについては気が付かないで
してしまうことはあるかもしれません。
非礼があった場合には、謝罪するべきですが、あまり神経質にならずともよいのではないでしょうか。
なくなった方をいたみ、悲しみを表す形式として喪中というものが決められているのですが、
人々の意識が多様化してきている現代社会にあっては、
必ずしも形に囚われる必要はないのではないかと考えるからです。
一般的な喪中のあり方を守ることは、社会生活を送っていくうえで必要ではありますが、
それにはずれたことをしてしまったからといって、必要以上に気に病むことはありません。
大切なことは、なくなった方を思う気持ちなのですから。